4000年以上前のメソポタミアで成立したと言われる神話「イナナとエビフ」を翻訳しました。英訳はETCSL Inana and Ebiḫ (opens new window)ですが、この訳はETCSLの直訳ではなく、再話に近いものです。典拠や解説はまた後日に書きます。
# 1-6
煌めくメーを持つ女神よ。光輝を身にまとい、大いなるメーを乗りこなし、
聖なる武器アンカルを身に着け、血に塗れるイナナ神よ。
戰場を駆け、楯を地面に並べ、
嵐と洪水を呼ぶ、
戦の知恵に優れる貴い御方イナナよ。
大いなる山をも崩し平らげるその矢よ。
# 7-9
あなたは獅子のごとく吼えて天地を満たし、人々を威します。
あなたは巨大な野牛のごとく、逆らう国を打ち叩きます。
恐るべき獅子のごとき胆力で荒ぶる者共、まつろわぬ者共を宥めるのです。
# 10-24
我が貴い御方、その高きことは天。
乙女イナナ、その広きことは地。
立ち上がり、腕を広げて闊歩する様は太陽の王。
御身の纏う天照らす光を
御身の纏う地を満たす光を。
山を歩けば山を照らし、
ギリンの花咲く丘を浴みす御身を。
輝く山を産み、清き山を産み、
エンウル神、エンシャル神にもならぶ剣の捌きを。
首刈り鎌のごとき、戰場の歓びを。
それを黒頭の民は歌うのです。
国々が声を合わせる、佳きイルラマ歌を。
戦乙女、スエンの太子。
女神イナナを讃えましょう。
# 25-32
「女神たる私が天を巡りしとき、地を巡りしとき、
イナナ神たる私が天を巡りしとき、地を巡りしとき、
エラムとスビルを巡りしとき、
ルルビの丘を巡りしとき、
山の中心を向いたとき、
近づいた私に、女神に、山は敬意を払わなかった。
近づいた私に、イナナ神に、山は敬意を払わなかった。
近づいた私に、エビフ山は敬意を払わなかったのだ。」
# 33-36
「私に従わぬがゆえに、
その鼻を地につけぬがゆえに、
その唇を泥に汚さぬがゆえに、
我が手は聳える山を伏させよう。私への敬意を教えよう。
# 37-44
巨きなる峰には巨きなる一撃を。
鋭き峰には鋭き一撃を。
輝くイナナの縄跳びを始めよう。
さあ戦を始めよう。その支度をしよう。
靫に矢を差そう。
アサグ・エビフの帯を絞ろう。
ギシュギダの槍を磨こう。
イラルの投げ杖を、グルの楯を揃えよう。
# 45-50
その森の端に火を授けよう。
この悪行に斧で答えよう。
水地はギビルに任せよう。
峻峰アラッタまで恐怖を届けよう。
アンの呪いし街のごとく、けして癒やされることのないように。
エンリルの恨みし都市のごとく、二度と頭をもたげぬように。
# 51-52
ああ、山が私の業を見ますように。
私を崇め、敬いますように。」
# 53-58
スエン神の子イナナは
パラの王衣を纏います。花に御身を包みます。
煌めくメーを額に飾り
白き頸を紅玉髄で彩って、
雄々しき七支の剣を右手に握り、
御足に瑠璃を結わえたのです。
# 59-61
暮れなずむ空に孤を描くころ、
不思議の扉を押し開けて、
大神アンに供物を捧げ、祈りを奉げました。
# 62-64
アンはイナナに慶び
呼び寄せて聖座におつきになりました。
イナナはアンの右側にお座りになり、
# 65-69
「アン、お父様、御身に正義のあらんことを。どうか私の言葉を聞きたまえ。
アン、この天に私を敬わせたのは御身です。
私の言葉をこの天地に約したのは御身です。
天果つる戦斧を、
兆しと紋章を。
# 70-79
礎石を置き、堅固な基礎で王位を確かにすることを。
ムブム樹のように撓る戦具を。
地を護る六頭の羈絆を。
手綱を引く四頭の羈絆を。
寇賊の撃滅を、封境の襲撃を。
塵雲に浮かぶ月の、その光の照らす王位を。
この腕の放つ矢は畑を喰らう蝗の歯。
仇なす国の舎屋を均す鋤鍬。
城門の閂を引き裂き、蹴散らす力。
アン、我が君、これらすべてが御身よりの賜り物。
# 80-82
王は我が身を右手に置いて、仇なす敵を払わせました。
山の麓の鷹のようにその頭を砕かせました。
アン、我が君、糸のように地の果てまでに、その名を届かせますように。
# 83-88
夷国のすべてが裂け目の蛇のように慄きますように。
塒を出たサングカル竜を前にしたかのように逃げ惑いますように。
山に腕を置き、その長さを測らせください。
天路に手をかざし、その高さを測らせください。
他の神々を凌ぎ、
私イナナこそをアヌンナ諸神の導き手となさいませ。
# 89-95
何故にその私を、天にも地にも、山は畏れぬか。
私を、このイナナを、天にも地にも、山の畏れぬか。
エビフ山は、天にも地にも、私を畏れぬのか。
私に従わぬがゆえに、
その鼻を地につけぬがゆえに、
その唇を泥に汚さぬがゆえに、
我が手で聳える山を伏させよう。私への敬意を教えよう。
# 96-99
巨きなる峰には巨きなる一撃を。
鋭き峰には鋭き一撃を。
輝くイナナの縄跳びを始めよう。
さあ戦を始めよう。その支度をしよう。
# 100-103
靫に矢を差そう。
アサグ・エビフの帯を絞ろう。
ギシュギダの槍を磨こう。
イラルの投げ杖を、グルの楯を揃えよう。
# 104-107
その森の端に火を授けよう。
この悪行に斧で答えよう。
水地はギビルに任せよう。
峻峰アラッタまで恐怖を届けよう。
# 108-111
アンの呪いし街のごとく、けして癒やされることのないように
エンリルの恨みし都市のごとく、二度と頭をもたげぬように。
ああ、山が私の業を見ますように。
私を崇め、敬いますように。」
# 112-130
神々の王、アンは答えて、
「我が娘は山の命を望むなり。何を為んとや?
イナナは山の命を望むなり。何を為んとや?
エビフ山の命を望むものなり。何を為んとや?
神々の住処に耐え難い恐怖を注ぐものなり。
アヌナキの聖なる住処に畏怖を撒くものなり。
赤々と燃える恐怖はこの大地を圧するなり。
山の威光は赤く燃え、外つ国をも圧するなり。
その頂きは天の心臓まで届くものぞ。
庭には果実がたわわに実り、豊かさに溢るるなり。
その梢は天の唇に口づけするものぞ。
木陰には獅子の並びて寝るなり。
羊も鹿も数多棲むなり。
草むらには野牛もおるなり。
糸杉の陰には鹿が番うなり。
この凄まじきに立ち入ることのできるものかよ。
おお、山の輝きは恐ろしい。
乙女イナナよ、立ち向かってくれるな」
と語りかけました。
# 131-136
巫女は怒りに震え、
武具庫の扉を押し開けました。
瑠璃の扉を押し開けました。
この大地に破局と嵐をもたらすのです。
淑女は大きなる矢を掴みます。
清きイナナは箙を取り上げます。
# 137-151
邪悪の泥で大地を押し流し、
疱疹を引き起こす陶片の嵐を呼び、
我が姫様は山に立ち向かいました。
一歩一歩歩みを進め、
短剣の両刃を研ぎ澄まし、
草を摘むごとくエビフ山の首を掴むと
刃をその心臓に突き入れて
雷鳴のように唸りました。
エビフ山を作り上げていた石が
崩れてその背を転がり落ちました。
峰の裂け目で、角持つ大蛇が毒を吐きます。
その森を呪い、その木々を呪うと、
旱魃が木々を枯らします。
山の背に火を放ち、その煙を煽ります。
いまや女神のメーは山を覆っています。
清きイナナは己の望みを叶えたのです。
# 152-159
そうしてエビフ山の前に陣取り、語りかけました。
「山よ、その遙かなるゆえに、その高みなるゆえに、
その善性ゆえに、その美ゆえに
その身を覆う聖なる衣のゆえに
おまえが天にその手を伸ばしたるがゆえに
おまえがその鼻を地につけぬがゆえに
おまえがその唇を泥に汚さぬがゆえに
それゆえに私はお前を滅ぼし、おまえを低めせしめるのだ。」
# 160-165
「お前が角牛であるごとく、私はその角を掴んだ。
お前が野牛であるごとく、私はお前の肩を大地に押し付けた。
お前が牛であるごとく、私はお前を引き倒した。
いまや涙がお前の目、
絶望がお前の心。
悲しみの鳥がお前の背に巣をこさえている。」
# 166-181
そうしてもう一度彼を讃え、己を称えるのでした。
「父エンリルは、私への恐怖を山々の中心に導いた。
私の右手には剣を、
左手には[欠損 ]を、
私の怒りは巨大な歯を持つ鋤となり、山を引き裂いた。
私はどの宮殿よりも美しい宮殿を建てた。
私は玉座を置き、土台を築いた。
私はクルガラに短剣と尖筆を与えた。
私はガラの歌い手に楽器を与えた。
私はピリピリの姿を変えた。
私は山を討ち果たした。
私はエビフ山を討ち果たした。
膨れ上がる水となって堰を破った。
これが山への私の勝利だ。
これがエビフ山への私の勝利だ。」
# 182-183
エビフ山を崩したスエンの太子、
乙女イナナを讃えよ。